母にiPadでLineの使い方を教えたのが数年前。仲が良くいつも一緒だった父が他界してから沈みがちな母と顔を見ながら話ができるようにと思ったのがきっかけ。まさかこのiPadが母の命を救うとは思ってもみなかったんだけど。
コロナの波の真っ只中に母が入院してしまったのは12月のこと。母はいくつかの慢性の病気を抱えていたのでいつも気をつけていたのですが、ある日の昼にいつものようにLineをかけるも出ず、1時間おきにかけるも出ない。8時間後にやっと繋がった画面越しの母の姿はどうみてもおかしい。すぐさま妹に連絡し救急車を呼んでもらったはいいが、とっさに浮かんだのが救急車の到着時に玄関の鍵があいてなければドアを壊される!もちろん母の命が優先ですが、一瞬のためらい(母よすまぬ)。そっこうで妹に折り返してすぐさま仕事場から鍵をあけてもらうのに駆けつけてもらうようお願いした。電車通勤の妹は同僚に運転をお願いしてありえないスピードで到着、同じくして救急車も到着。どうしても一旦職場に戻らねばならず後ろ髪をひかれながらその場を出た妹にかわり救急隊員の方はiPadの画面越しのわたしとの会話に違和感を感じながらも母の状態、お薬手帳のありかなど手際よく確認してものの2、3分で出発した。その後ひとりライン越しに薄暗い実家に取り残されたわたしのなんとも言えない不安な気持ちは今思い出しても心臓がキュッとする。これが遠距離介護の始まりとなった。
それから母が退院するまでの3ヶ月はまさに怒涛の毎日でした。コロナで妹も母と面会できず母の状態も今後のことも本当に限られた情報のみ。だからと言って「あっそうですかじゃあ待ってますね」なんてわたしが大人しく待つわけがない。Google様を駆使して情報収集をし、地域包括支援センターのサポートのもとケアマネージャーさんを決め介護申請を行いながら、病院内にある地域医療連絡室と連絡をとり母の様子を直接看護師さんに確認したり最終的には1度だけ担当医と電話でのアポまでとっていただけた。もちろんあのiPadも母の病室に届けてもらった。母の顔が見たかったのもあるけど、高齢者は入院中に認知機能が落ちることがあると聞いたので。
そもそも海のむこうからの遠距離看護と遠距離介護の情報が少ないのと(唯一見つけたのがシアトルの海外在住者のための遠距離介護ハンドブック)田舎の町なので病院でも地域の現場でも実例がなくサポートも手探り状態であったであろうに動いてくださった方々には今でも感謝です。結局クリスマスホリデーの真っ只中に日本帰国し、コロナで会えない母を待ちながら実家リフォームからはじまり訪問サービスなど山のような準備であっというまに退院の日となった。
退院後、母は食事制限が必要になったのだけどこれまた iPadの出番。生まれて初めての調整食を毎日試行錯誤しながら一緒に学びなんとかコツをつかんだ。わたしの帰国後は不安とストレスがあったのだけど、時々1週間の朝昼晩の食事の写真をLineで送ってもらいながら食事内容を確認しつつ、今では母も量が少ないながらも意外に好きなものが食べれることがわかり食事を楽しんでいる。
これ以外にも母のiPadの効能は、たとえば毎月の診察へのわたしのLine同席。主治医に至っては「今までやったことなかったけど、こういうのは良いことや!」と面倒くさがらずに前向きでいてくださる。他にも母自身でボケないようにと大好きな上海(パズルゲーム)をやってたり、訪問サービスのみなさんにiPadを使えることですごいねーって褒めてもらえるのが嬉しいようで、時々突然呼び出されヘルパーさんにこんにちはをさせられたり。
母とiPadこんなに活躍してくれて、切っても切れない関係となったのがうれしい。
そんな母をみていて、歳がいくほどわたしもテクノロジーに物おじせずについていかないとって見習いたいと思う。
企友会理事 美香スミス