
「いずれ日本を牽引していく層となるべき学生が、こんなことではいけない」
九州大学に勤続して12年目を数えた年、私は海外オフィス駐在員として、米国カリフォルニア州のいわゆるシリコンバレーと呼ばれる地域で同大学生へ向けた短期留学プログラムを企画・運営し、年間120人を超える学生を受け入れていました。
当時は歴史的な円高。45人定員の留学プログラムに学内から百名を越える応募がありました。学業成績を元に上から選抜された彼らは、元来から優秀な九州大学学生のうちの上層部であり、まるで透明な上澄みのような純粋無垢さを持って(その多くが生まれて初めて取得したパスポートを持って)渡米してくるのです。
これ、食べて良いですか?
ここ、行っていいですか?
一挙一動に許可を求めてくる「手のかからない」学生達の多くからは主体性が感じられず、地元で一番の国立大学だから、親や塾の先生に期待されたからと、外発的な動機にも関わらず過酷な受験勉強を経て進学した九州大学で、自分が好きな物は何なのか、何がしたいのか、という基本的な欲求さえ見失っているようにも見えました。
かの地で過ごしたことのある方であれば肯いてくれるのではと思うのですが、カリフォルニアの夏には、否応なしに人の気持ちを引き上げる力があります。強烈な太陽光線と、濃い青色の空に鮮やかな緋色の花を対比させながら力強く伸びる木々に、底の方に眠っていた自分の生命力や可能性のようなものを、どん、と手渡されるような感じです。
九州大学学生達は、そういったカリフォルニアの青空の下で、考えられない位自由な働き方をして富を得ている日本人エンジニアや、夢のような技術を本気で開発しようとしている起業家との対話をとおし、みるみる目を輝かせていきます(そして自分であちこち出かけていってトラブルを起こし、手がかかるようになるのはご愛嬌。)。これは他人ごとでは無い、自分の可能性なのだ、ということに初めて気づくのです。若い彼らが自身の殻を破る瞬間に立ち会えることは、私にとって鮮烈な体験となりました。
この体験を原点として、私は自分の職業人としての一生を、「世界を舞台として活躍したいと願う日本人を支援すること」に尽くすことに決めたのです。
さて、ここで冒頭の呟きに戻ります。
生まれた国を初めて出て、目に若者らしい輝きを取り戻し、ようやく自身の世界を広げようとする学生達を阻むものがあります。
残念な水準とも言える、低い英語スピーキング力です。
米国大学の学生は多忙で、明確な利がないと時間を費やすことがありません。
九州大学との交流プログラムを提案しても他国学生との交流を優先されたり、ディスカッションを中心に進める米国式講義に全く参加できず、英語スピーキング力が低いが故にあたかも学識レベルさえも低いように見なされ、正当に評価されない学生たちの姿に、私は言いようのない悔しさを覚えました。
当然、その英語スピーキング力の低さはシリコンバレーに進出してくる社会人にも共通し、多国籍の企業やエンジニア、投資家で構成されるシリコンバレーのエコシステムに何年経っても入り込めない日本人駐在者たちの姿は、現地では異質に見えました。
議論され尽くしてもなお、それでも解決に至らない課題の1つが我々日本人の英語運用力の低さです。政府を挙げて長年に渡り対策が取られているように見えるものの、その実は全く成果が上がっておらず、世界的に認知される英語教育民間会社の巨人、エデュケーション・ファースト社の調査では、日本の英語運用能力は年々順位を下げ、昨年はついに近隣国である韓国、台湾、中国に大きく水を開けられました。日本より下にランクされる国におおよそ先進国の名は見当たりません(参考:https://www.ef.com/ca/epi/regions/asia/japan/)。私見ですが、この順位は総合的な英語運用能力テストの結果ですので、スピーキング力に絞れば、さらに順位を下げる可能性もあると思っています。
「生まれて死ぬまで日本にいる自分に英語なんて不要。」
「翻訳ツールがあるから大丈夫。」
こういった議論となると開き直ったようなコメントを受けることもあるのですが、貴重な青春(中学・高校・大学)の真っ只中、10年近くの時間を投資して学んだ「英語」が、結果的に使えるものとして身についていない現状を、私たちはもう少し問題視して良いのでは、と思います。
では、なぜ私たち日本人には英語スピーキングが身についていないのか。
その理由は、これまで国内におけるそのようなニーズが欧州諸国などと比較して相対的に低かったこともありますが、それ以上に、言語として自然に習得するべきだった英語を受験科目としての学習要項にはめ込んでしまったことにあるのではないかと考えます。読み・書きを向上するための文法理解や暗記を中心とした対策が、英語スピーキングの自然な習得とは直接結びつかないことが原因です。
では、私たち日本人が英語スピーキングを身につけるにはどうしたらいいのか。
この課題を今までにない方法で解決するため、私は16年勤続した九州大学を退職し、ビジネスパートナーとともに、スタートアップ2社(バンクーバーと東京)を立ち上げました。
ギャビーアカデミー社(https://jp.gabbyacademy.com/)では、英語スピーキング習得を科目としての英語学習とは別ものとして、あたかもスポーツや楽器のように、トレーニングによってのみ獲得し得る「スキル習得」とみなしました。そのトレーニング方法を体系化するため、スキル習得と脳の関係に着目したことをきっかけに、東京大学の酒井邦嘉教授と共同研究を実施しています。酒井邦嘉教授は生物物理学・脳神経科学・言語学等の異分野の研究経験を持ち、米国マサチューセッツ大学で言語学者ノーム・チョムスキーに師事し、人間の言語能力を脳科学で解明しようとする、言語脳科学者です。共同研究では、実用的な「英語スピーキング」を脳科学的にトレーニングする新メソッドとして、「Neuro-Language Training」の開発と検証を目指しています。(参考:東京大学×グローバルビジョンテクノロジー|世界初、「脳科学的」英語トレーニングアプリ開発の共同研究を開始
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00283.html)
現在、バンクーバーに生活の拠点を置きながら、受講生の英語トレーニングに伴走する英語コーチのリクルート、トレーニング、教材の作成を当地で行い、市場開拓とアプリの開発を東京の会社で遠隔で行っています。コロナ禍で思うようなスピードで事業は大きくなりませんが、日本経済新聞社の直下子会社である日経メディアプロモーション社が代理店として手を挙げてくれるなど、少しずつ前進している実感はありますが、まだまだ、これからです。
そろそろこちらでは規制も緩くなりましたので、ぜひワイングラスでも傾けながら、ビジネスの先輩である企友会の大御所に経営指導をいただけないか、と思っています。
企友会理事:ホール奈穂子